ゲームばっかりな日記だったやつ

半分跡地みたいなもの。書くネタは無い。

個人的には体育の日

何かしたい。でも何もネタが無い。
主に、自分が暇なときの時間つぶしに、何かしら動画を観ているというのもあるけれど、せっかくだから同じような人のために、動画とかそういうエンターテインメント的なものとして何か形を作りたい。しかしそれを望んでも、いかんせん撮るネタが無い、撮るにはPC環境が悪い、気分的に撮る気になれない、など色々な悪条件が跳ね返ってきて身動きが取れない。
まあ、具体性をもつ批判それ自体は、自分が至らなかっただけだから仕方ないのだけど、「○○さんなら許さないだろこんなの」というような具体性を欠き人の心情を騙る(人のせいにする)批判とか(実際それで消した動画もある)、言い方が汚いただの罵詈雑言のようなものがあると、せっかく時間をかけて作った動画なのにと心底ガッカリしてしまう。今の心の状態だと「しっかりしろよ!→うるせえよ!」となる可能性が非常に高いので、やるにやれない理由としてはこれが一番大きかったりもする。
あと、正直ニッチ上等とはいえ、いくら何でもニーズが0のものを作っても色々と意味が無い。例えば、人を選ぶとはいえ「実況とかのほうが好きって人も結構多いよね」などの問題。実際はそうでもないが、ニコ生とかだと元々それが目的の人が多いので、喋ったほうがニーズに合うことが多い(つまり場所による)。編集ゴテゴテの映像作品それ自体、面白いものは面白いが、それで当然のような至上主義に染まっている人による、「編集しろよ」という趣旨からズレた変な強要などもある。
それら需要側・供給側の意思が噛み合わないと、「人気が無いものは無価値、サーバー要領を食うだけで邪魔」だとか「再生数至上主義」みたいな勘違いな思想を引っさげ、煽り屋が出てきたりする。そうすると、まあ自分だけの問題じゃなく観る側の不快感にもなるので、それを避ける・起き難くするための方策も考える必要に迫られる。元々自分は、そういった小物の作り手として、煽り商売は最初から求めていないので、御免蒙るわけです。
それらへの対策が空振りになると、ただただ「やっぱり駄目だよね・・・」「残念だけど、自分には楽しませる力が無い」「それの良さを広める上では逆効果、むしろ潜在的な客層を遠ざける足枷になってしまう」ということになってスパイラルだったりもする。ので、諸々勘案の末、「やっぱりやらないほうがリスクリターンに合っている」という結論になってしまうことが殆どだったりする。
本当は、それらを含めた上で「じゃあどうすれば楽しいの」という方法を、独自に研究して色々考え・やってみる、つまり一歩踏み出さないといけないのだとは思うのだけど、「そのアイデアが致命的に出てこない」。少なくとも、数年前に自分が作ったものを超えられる自信が、今の自分には一切ない。唯物的な部分では問題無いと思うのだけど。しかしそれらも考えすぎで、作ってみたら案外いいのかもしれない。だが、バクチ打てるほど余裕の無い心境なのも、また確かだったりする。
結局、ここに文章書くことで発散するしか無いのかもしれない。・・・何か始めてみようかなぁ。ここ数年、何となく色々と退化しているような気もするが・・・。